行動をデザインする行政へ(レポート22号)

情報公開

ナッジなど行動科学の知見活用を

突然ですが、あなたならどちらを選びますか?

① コインを投げて、表なら10万円もらえるが、裏なら何ももらえない。
② 確実に5万円もらう。

では、次の場合はどうでしょうか?

③ コインを投げて、表なら10万円を払い、裏なら何も払わなくてよい。
④ 確実に5万円を払う。

どちらも期待値は同じですが、上では②、下では③を選んでいませんか?(私もそうでした…)

これには、人間の「損失を回避したい」という心理が影響しています。
岡山県総合政策局政策推進課「お知らせ」(2019.11.21)より引用

こうした人間の特徴を分析する「行動科学」の知見を活用し、人々により良い選択を促す手法が、民間のマーケティングのみならず、公共政策にも広がってきました。

特に有名なのが、2017年にノーベル経済学賞を受賞した「ナッジ」理論で、空港の男性トイレの小便器内にハエの絵を描くことで、清掃費用が8割も減少したことが知られています。

オプトアウト

人々の行動を促すには、様々な方法があります。

まずは、「人は我々の想像以上に行動しない」という点に着目した戦略です。その代表的な手法が「オプトアウト」、いわば「手下げ方式」です。

例えば、災害時に特に支援が必要な方の情報を提供する名簿。目黒区では、掲載に本人の同意が必要となっており、名簿への登録率は60%弱にとどまっています。

ところが、逆に、同意しない場合のみ申し出るオプトアウト方式を採用する三重県の津市では、登録率が95.8%と非常に高い割合となっており、万が一の事態に命を守るための取り組みを、より進めやすい環境にあると言えるでしょう。

目黒区議会議事録(2020.2.21)および津市議会議員からの聞き取り(2020.9.2)を基に作成

また、千葉市では、男性職員は初めから育休を取得するものとされ、取らない場合には理由を付けて申請するという方式に切り替えたところ、2018年度には市長部局での取得率が93%(全国平均は11%)という驚異的な結果が出ています。

総務省「平成30年度地方公共団体の勤務条件等に関する調査結果」(2019.12.24)を基に作成

得る喜びよりも、失う痛み

次に、冒頭でも紹介した「人は得を取るよりも損失を回避したがる」という特徴に焦点を当てる作戦です。

八王子市では、がん検診を促す案内文を2つのパターンに分け、
一方は「今年受診すれば、来年も検査キットを届けます
というポジティブな内容とし、
もう一方は「今年受診しないと、来年度はキットを届けられません
というネガティブなメッセージにしたところ、後者の受診率の方が7ポイントも高くなりました。まさに「損したくない」という心理に働きかけた結果でしょう。

他の人は、皆やっている

社会規範を意識させる手法もあります。

イギリスでは、税金の督促状に
同じ市内の10人中9人は、期限内に支払っています
というメッセージを添えたところ、収納率が約5%アップしました。日本人も横並びを意識しがちですから、同じような効果が見込めるかも知れません。

新型コロナ対策にも活用

また、京都府宇治市では、新型コロナ対策として、庁舎入口にある消毒用アルコールに向けて床に矢印のテープを貼ったところ、消毒を実施する人が約10%増加しました。

宇治市役所の入口。第16回日本版ナッジユニット連絡会議 配布資料(2020.3.18)より。

さらに、トイレには「となりの人は石鹸で手を洗っていますか」と一工夫した掲示を行いましたが、これによって、石けんの補充頻度が3~4倍に上がったとのことです。

トイレの掲示。こちらも第16回日本版ナッジユニット連絡会議 配布資料(2020.3.18)より。

事例は他にも多数ありますが、要は、従来の政策や広報に、行動科学の知見に基づいた仕掛けを組み込むことで、その効果を引き上げることができる、ということなのです。

倫理的な課題

一方で、このような手法は人々の生活に影響を及ぼし得ることから、倫理的な配慮が必要であると言われています。

例えば、臓器提供。日本では、免許証や保険証の裏などに提供の意思表示をしている割合が12.7%と伸び悩んでいるものの、提供したいと考えている方は41.9%にのぼっており、思いがあるにも関わらず、意思表示の行動に結びついていないことが分かります。

ところが、これをスペインやフランスのように、オプトアウト、つまり提供したくない場合に意思表示をするという方式に変えることが、社会的な合意を得られるかについては、相当慎重な議論が必要でしょう。

このため、まずは抵抗の少ない取り組みやすい分野から進めていくことが重要と言えます。

目黒区でも実践を!

行政はこれまでも、様々な工夫を凝らして区民に行動を呼びかけてきたことと思います。ただ、そうした経験則や暗黙知で行われてきたノウハウが今まさに、科学的かつ体系的に整理され始めているのです。

コロナ禍を受け、新しい行政のあり方が模索されている今だからこそ、ナッジなど行動科学の知見を活用し、区の施策の実効性を引き上げていくチャレンジが必要ではないでしょうか。