行動をデザインする行政へ

情報公開

2020.9.9 一般質問

以下、本日の一般質問の内容をご報告いたします。2018年12月の研修で行動デザインを学んで以来、いつか提案しようと温め続けてきた質問でした。

行動科学と公共政策

行動科学とは、人間の行動を科学的に分析しようというものであり、行動経済学が有名ですが、心理学、社会学、生物学などにも関わる幅広い領域を扱っています。

現実社会においては「行動インサイト」、いわば人々の行動を誘発するための隠されたスイッチを探り、押すための仕掛けといった意味合いで応用されています。

この分野は、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が、2017年にナッジの理論でノーベル経済学賞を受賞したことから、特に注目されるようになりました。

ナッジとは「肘でつつく」という意味の英語で、ここでは対象者の行動を促す手法を指しています。男性用トイレの便器に小バエのマークを付けたことで、清掃費用が8割も減少したことは、非常に有名です。

行動インサイトの概念は近年、民間のマーケティングで活用されていることはもとより、昨年および一昨年の「経済財政運営と改革の基本方針」、いわゆる骨太の方針にも明記されるなど、公共政策においても用いられつつあります。

RCT、ランダム化比較試験と組み合わせることで、私が昨年に質問したEBPM、エビデンスに基づく政策立案へとつなげていく手法や、行動インサイトとAIやIoTを組み合わせ、よりパーソナライズした行動変容を促進するBI-Techの検討など、様々な角度から活用が提唱されています。

国内の動きを見てみると、産学政官民が連携し、環境省が事務局となって構成している日本版ナッジ・ユニットを先頭に、政府では内閣府や経済産業省、自治体では横浜市、尼崎市、つくば市などに組織が設置されているほか、施策レベルでも神奈川県や八王子市、鎌倉市などの取組事例が報告されています。

行動を誘発する戦略

では、実際に人々の行動をデザインするためには、どういった手法があるのでしょうか。ここでは、いくつかの類型に分けて、具体的な例を挙げてまいります。

デフォルトの調整

まずは、「人は我々が思っている以上に行動しない」という点に着目した戦略です。

真っ先に挙げられるのが、デフォルトの調整、つまり初期設定を見直す手法です。

突然ですが、皆さんの中で、運転免許証や保険証の裏面にある、臓器提供の意思表示にマルを付けている方は、どれほどいらっしゃるでしょうか。

2017年の内閣府の調査によると、何らかの方法で意思表示をしている割合は12.7%にとどまっています。一方で、同じ調査において、臓器提供したいという回答は41.9%にのぼっており、先ほどの割合とは30ポイント近い大きな差があることが分かります。倫理的な問題は置いておくとしても、このデフォルトを逆にした場合、つまり臓器提供したくない場合にマルを付ける方式に変えた場合、状況は大きく変わるでしょう。

これは、いわゆる「オプトアウト」という手法ですが、自治体の施策において様々な検討の余地があります。

例えば、避難行動要支援者名簿です。目黒区においても、法令に基づき2種類の名簿を作成しており、避難支援者などへの提供に同意した登録者名簿の人数は、今年2月の区長答弁では8,992名、対象者名簿の58.4%とされており、引き続き登載率を高めていく意向が示されています。

一方、目黒のオプトイン方式に対し、全国を見渡すと、津市、我孫子市、明石市など、提供に不同意の場合に申し出るオプトアウト方式を採用している自治体もあります。

例えば、本区と人口がほぼ同等の津市では、本年度の対象者20,474名のうち登録者は19,622名、登載率は95.8%と、全く次元の異なる数字となっています。

また、男性職員の育児休業について、千葉市では、育休取得をデフォルトとして、取らない場合に理由を付して申請するというオプトアウト方式に切り替えたところ、2018年度には取得率が65.7%、市長部局では93.0%という驚異的な結果が出ています。

これらは、事例ごとに背景はやや異なるものの、同じ取り組みの初期設定を変更するだけで、大きな効果が得られることを明確に示しています。

コストの低減

さて、予想以上に行動しない人を動かすための手法として、次に挙げられるのがコストの低減です。ここで言うコストとは、金銭面だけではなく、肉体的、時間的、頭脳的、精神的なコストと広く捉えられます。

行動経済学におけるジャムの法則、24種類よりも6種類から選ばせた方が、購入率が高くなるという話は有名ですが、これは多数から選ぶための頭脳的コストが影響しています。

また、2016年に電力の小売り自由化がスタートした際、事前の調査では95%もの消費者が電力会社を変更する可能性があると回答していたにも関わらず、新電力のシェアは自由化直後で約5%、昨年の12月でも16%にとどまっており、金銭的メリットがその他のコストやリスクを越えられていないことが伺えます。

自治体の施策で考えると、例えば区がいくら区民にメリットのある良い事業をPRしたくとも、広報に情報を盛り込みすぎると、それを受け取る区民側の頭脳的コストは増大し、行動回避につながり得るため、メッセージの単純化を心がけることは大事な視点と言えます。

また、アメリカの事例では、貧困層に向けた奨学金制度の書類作成が負担となり、申請に至らないケースがあることから、自動的に申請書を作成するソフトなどを用いて支援したところ、進学率が8%も向上したという実験結果が報告されています。

目黒区は、先の特別定額給付金の際、円滑な事務処理のため、郵送申請書類にほとんどの情報を予め記入して区民に送付しました。10万円という大きなインセンティブがあったために、検証は困難ですが、簡略な手続きには、申請行動を促す効果があったかも知れません。

利得よりも損失回避

さて、次に、「人は得を取るよりも損失を回避する」という特徴に焦点を当てた戦略もあります。

八王子市では、大腸がん検診の検査キットを送付した方への受診勧奨を2パターンに分け、一方は「今年受診すれば、来年度もキットを届けます」というポジティブなメッセージとし、もう一方は「今年受診しないと、来年度はキットを届けられません」というネガティブなメッセージにしたところ、後者の受診率の方が7ポイントも高くなりました。得る喜びよりも、失う痛みの方を大きく感じる心理が影響した結果です。

行政による通知などは四角四面になりがちですが、案内のテイストを変えるだけで、住民の行動を効果的に促すことができた事例と言えます。

その他

さらに、社会的規範を認識させる、要は「他の人は皆やっている」と伝える戦略があります。

イギリスの事例では、税金の督促状に「同じ市内の10人中9人は期限内に支払っています」というメッセージを添えたところ、収納率が約5%アップしたという結果が報告されています。これは、横並びを意識しがちな日本においては、より効果があるかもしれません。

そして時節柄、新型コロナウイルス感染症にまつわる取り組みもご紹介します。

現在、全国どこにでも手指消毒のためのアルコールが設置されていますが、これらを利用するかは、個人の意識によって差があります。そこで、京都府宇治市では、庁舎入口のアルコールボトルに向けて、矢印のテープを床に貼ったところ、利用者が約10%増加しました。

さらに、石鹸による手洗いを促すため、トイレに「隣の人は石鹸で手を洗っていますか」と一工夫した掲示を行っています。こちらの効果はまだ検証されていませんが、同様の取り組みを行ったイギリスの高速道路のサービスエリアでは、メッセージによって石鹸の利用率が4~7ポイント上昇したと言われています。

つまり、人は簡単には動かない

以上、とりとめもなく事例を挙げてきましたが、つまり、人は「投票に行こう」と言われても選挙に行かないし、「自宅を耐震化しよう」と言われ、かつ金銭的メリットを提示されてもなお、動かないのです。

健康のために歩こうと言われるよりも、公園にいるモンスターを捕まえるための方が外出するし、省エネしようと言われるよりも、ネクタイを外そうと促される方がエアコンを28度設定にするのです。

こうした視点にもとづき、施策や広報を考えていくべきではないかと思うのです。

行動インサイトの課題

もちろん、課題もあります。

一つは単純に、こうした行動科学に基づく手法の認知不足や、活用のための人材育成という課題です。これについては、継続的に取り組むほかないように思われます。

もう一つ大きいのが、倫理的な問題です。

セイラー教授は、賢い意思決定や向社会的行動を難しくする、いわば悪いナッジをスラッジと呼び、排除すべきとしています。

また、行動インサイトの活用は、人々の生活に介入し、その行動様式に影響を及ぼし得ることから、日本版ナッジ・ユニットのもとには倫理委員会が設置され、ガイドラインの検討などが行われています。

例えば、冒頭に申し上げた臓器提供のオプトアウトが社会的合意を得られるのかは、相当慎重に判断しなければならないでしょう。

とは言え、こうした倫理的配慮の必要性は、領域ごとに大きく異なるため、まずは取り組みやすい分野から進めていくことが肝要であると考えられます。

目黒区でも取り入れていくべき

折しも目黒区は、長期計画の改定や再構築検討会議など、これまでの区政を転換させる節目に立っており、今後、こうした概念を取り入れていくには絶好の機会であると言えます。

一方で、職員の方々が、行動科学の知見に基づく手法に今まで全く触れてこなかったかというと、そういうわけではなく、従来の事業においても、区民の参加や行動を促すため、様々な工夫を凝らしてきたものと理解しています。

重要なのは、そうした経験則や暗黙知で行われてきた、行動を誘発するためのノウハウが、まさに今、科学的かつ体系的に整理され始めたということであり、本区の築き上げてきた伝統的政策手法の叡智と補完し合うことで、施策の実効性を引き上げられるのではないか、ということです。

目黒区でも、ナッジなど行動科学の知見に基づく政策立案や広報を取り入れることにより、本区が行う各事業の費用対効果を高めていくべきではないでしょうか。